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山形地方裁判所 昭和32年(わ)146号 判決

被告人 栃内万一 外三名

主文

被告人栃内万一を懲役六月に、同阿部誠一を懲役参月に、同下里和須蔵を懲役四月に各処する。

但し、被告人栃内万一、同阿部誠一、同下里和須蔵に対しては、いずれも本裁判確定の日から壱年間右刑の執行を猶予する。

被告人栃内万一から金弐拾万円を追徴する。

訴訟費用中、証人菅宮文作(第一回)に支給した分は被告人栃内万一、同阿部誠一の平等負担、証人中尾正俊、同清水実、同菅宮文作(第二回)、同三浦敏雄、同高橋久夫に支給した分は被告人阿部誠一の単独負担とする。

被告人栃内万一に対する本件公訴事実中、昭和三十二年十一月六日起訴に係る収賄の点(当裁判所昭和三十二年(わ)第二〇〇号)について、被告人栃内万一は無罪。

被告人四野見清蔵は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人栃内万一は北海道大学を卒業後昭和七年六月から農林省の当時の水産局に奉職し、前後二回に亘る応召及び昭和二十六年から昭和二十七年一月までの間を除き、終始北洋漁業に関する業務を担当し、その間、日ソ漁業条約の改正に関する事務に従事して昭和十年一月以降行われた同条約改正の商議に際しては政府代表の随員としてそれに参加する等、北洋漁業に関する水産行政の枢要な事務にあづかつてきたもので、昭和二十七年二月から農林省水産庁生産部海洋第一課に勤務し昭和三十二年八月休職になるまでの間同課北洋班長として、母船式鮭鱒漁業及び母船式蟹漁業その他の北洋漁業の許可に関する審査、起案等の職務、並びに北洋漁業許可及び北洋漁業に関する指導、監督等の職務を担当していたものであり、被告人阿部誠一、同下里和須蔵はいずれも肩書住居地で漁業に従事しているものであるが、

第一、被告人阿部誠一は、

(一)、(昭和三十二年(わ)第一四六号事件の公訴事実第三)

当時山形県農林部水産課長であつた菅宮文作と共謀の上、昭和三十年十一月二十日頃、横浜市鶴見区東寺尾町千五百三十八番地被告人栃内万一方居宅において、北洋漁業の許可に関する事務の一部として、北洋母船式鮭鱒流網漁業の独航船となるべき漁船に関する漁船建造許可並びに農林漁業金融公庫がなす漁船建造資金貸付融資につき漁船課又は同公庫に対する意見具申等の事務をも担当していた被告人栃内万一に対し、被告人阿部誠一が昭和三十一年度における北洋母船式鮭鱒流網漁業に独航船として出漁せしめることを計画していたその所有漁船第三八竜丸の代船第五八竜丸の代船建造許可申請、及び農林漁業金融公庫に対する漁船建造資金借入申込に関し好意ある取扱いを得たいためその謝礼とする趣旨で、被告人栃内万一の妻栃内百代を介して株式会社大丸百貨店発行の金額一万円の商品券一枚を交付し、もつて被告人栃内万一の職務に関し賄賂を供与し、

(二)、(昭和三十二年(わ)第一五八号事件)

同月二十六日頃、山形市七日町百六十八番地丹野旅館において、当時山形県農林部水産課に勤務し同課漁業調整係長として漁業の免許、許可、漁船建造許可、並びに北洋母船式鮭鱒流網漁業の許可等の審査、企画、立案、及び所轄大臣に対する進達等に関する職務を担当していた青木茂彦に対し、右第五八竜丸の漁船建造許可申請、農林漁業金融公庫に対する漁船建造資金借入申込等、右第五八竜丸を新造して昭和三十一年度北洋母船式鮭鱒流網漁業に従事するに必要な一連の申請手続に関し種々好意ある取扱を受けたことに対する謝礼とする趣旨で現金五千円を交付し、もつて同人の職務に関し賄賂を供与し、

(三)、(同事件)

同日頃、山形市緑町一丁目七の三番地の当時の菅宮文作方の居宅において、当時山形県農林部水産課に勤務し同課々長として、右青木茂彦と同一の職務を担当していた菅宮文作に対し、右同様の趣旨で、右青木茂彦を介して現金五千円を交付し、もつて同人の職務に関し賄賂を供与し、

(四)、(昭和三十二年(わ)第一七四号事件の公訴事実第二)

同月二十一日頃、東京都千代田区所在国鉄東京駅八重洲口前観光ホテル「おかめ」において、当時農林漁業金融公庫水産部水産課に勤務し同課漁船関係貸付係として漁船建造資金借入申込の審査、及びこれが貸付に対する承認起案等に関する職務を担当していた中尾正俊に対し、その頃同公庫に対する申込を準備中であつた右第五八竜丸の漁船建造資金千百万円の借入申込につき好意ある取扱を得たいためその謝礼とする趣旨で一人当り金千七百五十円相当の酒食を饗応し、もつて同人の職務に関し賄賂を供与し、

(五)、(同事件の公訴事実第三)

本間水産株式会社専務取締役清水実、及び日本海水産株式会社取締役経理課長三浦敏雄と共謀の上、同年十二月九日頃、東京都千代田区有楽町一丁目四番地料亭「一松」において、右中尾正俊に対し、被告人阿部誠一が同公庫に対し申込んでいた右第五八竜丸の漁船建造資金千百万円の借入申込、及びその他につき好意ある取扱を得たいためその謝礼とする趣旨で一人当り金二千円相当の酒食を饗応し、もつて同人の職務に関し賄賂を供与し、

第二、(昭和三十二年(わ)第一四八号事件)

被告人下里和須蔵は昭和三十一年二月上旬頃、被告人栃内万一の前記居宅において、被告人栃内万一に対し、被告人下里和須蔵の所有漁船第五金多丸による昭和二十九年度における北洋母船式鮭鱒流網漁業の許可申請に関し種々好意ある取扱を受けたこと等に対する謝礼とする趣旨で現金十万円を交付し、もつて被告人栃内万一の職務に関し賄賂を供与し、

第三、被告人栃内万一は

(一)、(昭和三十二年(わ)第一四六号事件の公訴事実第二)

昭和二十九年九月下旬頃、前記居宅において、小樽市に本店を有する山善水産株式会社代表取締役社長高橋政雄が同会社の所有漁船第八善栄丸(当初の申請は第五善栄丸)による昭和二十九年度における北洋母船式鮭鱒流網漁業附属独航船候補船承認申請につき渡辺照平との間の共同経営の問題が持ち上つた際種々好意ある指導を受けたこと、及び同問題について今後も同様の取扱を得たいためその謝礼とする趣旨で交付するものであることの情を知りながら、同人から株式会社松坂屋発行の金額一万円の商品券一枚の供与を受け、もつてその職務に関し賄賂を収受し、

(二)、(右事件の公訴事実第四)

昭和三十年十一月二十日頃、前記居宅において、被告人阿部誠一が前記第一の(一)記載のとおりの趣旨で交付するものであることの情を知りながら、同被告人から妻栃内百代を介して株式会社大丸百貨店発行の金額一万円の商品券一枚の供与を受け、もつてその職務に関し賄賂を収受し、

(三)、(右事件の公訴事実第五)

昭和三十一年二月上旬頃、前記居宅において、被告人下里和須蔵が前記第二記載のとおりの趣旨で交付するものであることの情を知りながら、同被告人から現金十万円の供与を受け、もつて、その職務に関し賄賂を収受し、

(四)、(昭和三十二年(わ)第一七〇号事件の公訴事実第一)

昭和三十年十月下旬頃、前記居宅において、当時小樽市で漁業に従事していた平野三悦がその所有漁船第五三洋丸による昭和二十九年度における北洋母船式鮭鱒流網漁業に出漁するに際し昭和二十八年度においては後志北洋出漁組合が実質上同漁業を経営していたのと異なり同人の単独経営として同漁業の許可を受け得たことに関し種々好意ある取扱を受けたこと等に対する謝礼とする趣旨で交付するものであることの情を知りながら、同人から現金五万円の供与を受け、もつてその職務に関し賄賂を収受し、

(五)、(右事件の公訴事実第二)

同年十二月下旬頃、前記居宅において、小樽市に本店を有する開運水産株式会社代表取締役社長飯田健一郎が同会社の漁船第五開運丸による昭和二十九年度における北洋母船式鮭鱒流網漁業附属独航船候補船の承認を受け日本水産株式会社と同会社の経営する母船宮島丸の附属独航船となることを約し、次いで同会社との共同経営による昭和二十九年度における北洋母船式鮭鱒流網漁業の許可申請を為さんとする運びとなつた際、当時北海道水産部長であつた蛯子哲二から北海道漁業公社と附属独航船契約をして貰いたい旨強く勧誘されたことにつき被告人栃内万一から好意ある指導を受け、結局、右蛯子哲二及び北海道漁業公社からの強い申出にも拘らず当初の方針通り右宮島丸の附属独航船として同漁業の許可を受けるに至つたこと等に対する謝礼とする趣旨で交付するものであることの情を知りながら、同人が前記居宅に宛てて郵送してきた、振出人株式会社北海道拓殖銀行高島支店長、同銀行丸ノ内支店宛の、振出日昭和三十年十二月二十六日とする金額三万円の持参人払式小切手一通を受領して供与を受け、もつてその職務に関し賄賂を収受し、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人下里和須蔵の弁護人の管轄違の申立に対する判断)

被告人下里和須蔵の弁護人は、「被告人下里和須蔵に対する昭和三十二年八月二十九日起訴に係る贈賄被告事件(当裁判所昭和三十二年(わ)第一四八号事件)は、その犯罪地、被告人下里和須蔵の住居のいずれから見ても山形地方裁判所に土地管轄はない。本件の収賄者栃内万一の住居も山形地方裁判所の管轄内にないのであるから刑事訴訟法第九条第一項第二号により同法第六条の管轄を認めることもできない。右栃内万一に本件以外の山形地方裁判所に管轄権ある収賄被告事件が繋属していることにより、同人に関して刑事訴訟法第九条第一項第一号に基き同法第六条の管轄を認め、右栃内万一について管轄権があることを理由に、被告人下里和須蔵に対しても同法第九条第一項第二号により同法第六条に基く管轄権があるとするのは、被告人下里和須蔵に対し著しく不利益に法律を拡張解釈するものである」旨主張する。

しかしながら、被告人下里和須蔵は同被告人に対する本件贈賄被告事件と同一の被疑事実により山形地方裁判所裁判官安間喜夫の発した逮捕状によつて昭和三十二年八月十八日逮捕されて山形地方検察庁に引致され、続いて同裁判官の発した勾留状により同月二十日以降代用監獄山形県山形警察署留置場に勾留され、その拘禁中である同月二十九日当裁判所に本件贈賄被告事件が起訴せられたものであることは本件記録に徴して明瞭であるから、同被告人に対する本件贈賄被告事件が公訴提起せられた当時同被告人は適法な強制によつて当裁判所の管轄地内に現在していたものというべく、従つて当裁判所が被告人下里和須蔵に対する本件贈賄被告事件につき刑事訴訟法第二条第一項による土地管轄を有していることが明かである。よつて被告人下里和須蔵の弁護人の管轄違の申立はすでにこの点において理由がないからその余の点について触れるまでもなく失当としてこれを棄却する。

(法令の適用)

法律に照すと、被告人栃内万一の判示所為はいずれも刑法第百九十七条第一項前段に該当するところ、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文、第十条に則り犯情最も重いと認める判示第三の(三)の収賄罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内において被告人栃内万一を懲役六月に処し、被告人阿部誠一の判示所為はいずれも昭和三十三年四月三十日法律第百七号による改正前の刑法第百九十八条、罰金等臨時措置法第二条、第三条(判示第一の(一)、及び(五)の所為については刑法第六十条、同(四)、及び(五)の所為については農林漁業金融公庫法第十七条をもそれぞれ適用する)に該当するので所定刑中いずれも懲役刑を選択するところ、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文、第十条に則り犯情最も重いと認める判示第一の(一)の贈賄罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内において被告人阿部誠一を懲役三月に処し、被告人下里和須蔵の判示所為は右改正前の刑法第百九十八条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するので所定刑中懲役刑を選択し所定刑期範囲内において被告人下里和須蔵を懲役四月に処するが、犯情それぞれ刑の執行を猶予するを相当と認め、被告人栃内万一、同阿部誠一、同下里和須蔵に対しては刑法第二十五条第一項を適用していずれも本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。被告人栃内万一が収受した判示賄賂はいずれもその全部を没収することができないから、右改正前の刑法第百九十七条の四後段に則りその価額合計金二十万円を被告人栃内万一から追徴する。訴訟費用の負担については、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して、被告人栃内万一、同阿部誠一に対し主文第四項掲記のとおりそれぞれ負担せしめることにする。

(無罪の理由)

昭和三十二年十一月六日起訴に係る被告人栃内万一に対する収賄、同四野見清蔵に対する贈賄被告事件(当裁判所昭和三十二年(わ)第二〇〇号)の公訴事実の要旨は、

「被告人栃内万一は農林省水産庁生産部海洋第一課に勤務し、上司の命を受け同課北洋班長として母船式さけ、ます漁業等北洋漁業の許可及び漁撈能力の向上海難防止等北洋漁業の振興に必要な技術指導等の職務に従事していたもの、被告人四野見清蔵は母船式さけ、ます漁業独航船主として同漁業の経営に従事する傍昭和二十七年度および同二十八年度北洋漁業の際、水産庁調査船に乗船し漁撈長として漁撈に関する操業の指導に従事していたものであるところ、被告人四野見清蔵は昭和二十七年七月頃より同年十月頃迄の間、東京都内水産庁海洋第一課事務室等において、右栃内万一より北洋漁業において従来手曳で操業していた揚網作業を機械化することにより、漁獲の増大、労務の軽減を図る必要あることを説かれ、揚網機の研究試作を奨められた上潮流による流網の移動に順応して揚網機が円滑に方向を変換することが出来る方向変換機構等揚網機械試作に関し種々技術的助言指導を受けてその研究に従事した結果同二十七年十二月頃右試作に成功し、同二十八年六月頃右試作揚網機を四野見式鮭鱒流網揚網機と命名し、実用新案特許を受け、同二十九年より同三十一年に亘る間に多額の特許権利料を入手するに至つたものであるが、

第一、被告人四野見清蔵は被告人栃内万一より、前記技術指導を受けたことに対する謝礼の趣旨の下に

(一)  昭和三十年一月下旬頃、神奈川県横浜市鶴見区東寺尾町千五百三十八番地前記栃内万一の自宅において、同人に現金十万円を供与し、

(二)  同三十一年十月上旬頃、前同所において、同人に現金十万円を供与し、

以て前記栃内万一の職務に関し贈賄し、

第二、被告人栃内万一は、被告人四野見清蔵より同人が前同趣旨の下に供与するものであることを知り乍ら

(一)  前記第一(一)記載の日時場所において、現金十万円の供与を受け、

(二)  前記第一(二)記載の日時場所において、現金十万円の供与を受け、

以て自己の職務に関し収賄し、

たものである。」

というのである。よつて以下順次審按する。

一、事実関係

被告人栃内万一の当公廷(第七回公判)における供述、及び検察官に対する昭和三十二年九月十二日附供述調書の一部、被告人四野見清蔵の当公廷(第六回公判)における供述、及び検察官に対する昭和三十二年九月十一日附供述調書の一部、証人斎藤嘉郎、同滝沢栄三郎、同藪下市松、同小林信三の各証人尋問調書、昭和二十九年五月十七日附実用新案登録証(登録第四一三一二八号)、昭和三十三年一月十七日附実用新案登録証(登録第470511号)、押収に係る函館製網船具株式会社発行の「四野見式ラインホーラー送網ベルトコンベヤー」と題する型録一部(証第五号)、並びに当裁判所のなした検証の結果によると次のような事実を認めることができる。即ち、

(一) 戦後再開された北洋母船式鮭鱒流網漁業の昭和二十七年度における第一回のいわゆる試験操業に被告人栃内は首席監督官として、被告人四野見は水産庁の派遣した調査船第十七明神丸の漁撈長として参加したが、同漁業に従事中である昭和二十七年六月十日頃、被告人栃内と同四野見が母船第三天洋丸の船中で食事を共にし談偶々漁獲高の検討に及び、戦後再開された同漁業は、戦前のカムチヤツカ沿岸における操業と異なり、西経百七十五度から西、東経百七十度から東のアリユーシヤン南側海域の漁場で操業するので魚影が薄いこと、それが為には漁網を現在の何倍かに延長する必要があること等を話合つていた際、被告人栃内は同四野見に対し、現在漁網を人力で引いているがこれを機械化してはどうかと勧め、被告人四野見もその着想に賛成し、両被告人においてその機械化を共同で研究することを約し、同漁業の漁期が終了するまでの間両被告人は右第三天洋丸或いは水産庁の監視船俊骨丸の船中で種々話合いをなした。次いで同漁業の漁期が終了して帰国した後同年秋に被告人四野見は数回被告人栃内の許を尋ねてなお一層の考案を廻した結果ようやく成案を得たので、その頃函館市にある本間鉄工所にその製図の作成と続いて試作品の製造を依頼すると共に、他方同年十月十八日被告人四野見は右の機械を「網足捲揚機」と名付けて特許庁に対し実用新案登録申請をなし、右申請は昭和二十九年五月十七日登録第四一三一二八号をもつて登録せられた。この「網足捲揚機」は(イ)網足を捲揚げるV字型の挾みドラムを取付けたこと、(ロ)頭部を廻転自在に嵌挿して船の方向や網の位置が変つても自由にその方向に転向し得るようにしたこと、(ハ)機械全部を円筒様の外蓋で包み蔽うたうえその内腔に油を充すこと、の三点をその構造上の特徴とするものであつて、昭和二十八年から右本間鉄工所で製品の製造を開始し、函館製網船具株式会社をして「四野見式ラインホーラー」という商品名で一手販売せしめた結果、昭和二十八年度においては三台、昭和二十九年度においては四十台、昭和三十年度においては百七十台、昭和三十一年度においては二百台を販売し、その間において被告人四野見は右函館製網船具株式会社から合計約九百五十万円の実用新案権使用料を得た。

(二) 被告人四野見が右「網足捲揚機」を作成して実用新案権を得るに至るまでの過程において、被告人栃内は(イ)網足を捲揚げるV字型の挾みドラムを取付けること、(ロ)頭部を自由に廻転できるようにすること、(ハ)機械全部を外蓋で蔽い包むこと、の三点の着想を被告人四野見に伝え、被告人四野見は右着想に基き種々構造上の考案を廻らし且つ右外蓋の内腔に油を充すこと等の着想を加えてそれを完成するに至つたものである。

このように認めることができる。そこで、問題は、被告人栃内が被告人四野見に対し右認定のような示唆、助言を与えたことが被告人栃内の職務行為乃至は職務に密接の関係を有する行為と云えるかどうかという点にある。

二、被告人栃内万一の職務内容

(一) 被告人栃内万一の当公廷(第七回公判)における供述によれば、被告人栃内は昭和二十七年二月以降昭和三十二年八月休職になるまでの間、農林技官として農林省水産庁生産部海洋第一課に勤務し同課北洋班長の職務を担当していたものである。

(二) しかして、証人永野正の第一回証人尋問調書、木田繁の検察官に対する昭和三十二年九月六日附供述調書中第一項、「水産庁の事務分掌及び組織の細目に関する規程」写によれば、昭和三十二年二月二十五日水産庁長官によつて定められた「水産庁の事務分掌及び組織の細目に関する規程」(以下、単に事務分掌規程と略称する)は従前の水産庁内の部課班における事務分掌の実際を成文化したに過ぎないこと、従つて被告人栃内が北洋班長として在職していた期間担当していた職務は右事務分掌規程に定められている事項と全く同一のものであつたことが明かである。しかして右事務分掌規定は第六十七条において、海洋第一課北洋班は(1)北太平洋の公海漁業に関する国際条約の実施に関すること、(2)母船式さけ・ます漁業及び母船式かに漁業その他の北洋漁業の許可及び指導監督を行うこと、(3)さけ・ます流網漁業及びさけ・ますはえなわ漁業の許可及指導監督に関すること、の事務を司るべき旨を定めている。よつて、前記認定のような示唆、助言を与えることが被告人栃内の職務又は職務に密接な関係を有するかどうかは、右事務分掌の(2)に定める「北洋漁業の許可及び指導監督」とは如何なる職務行為を指称するものであるかということに係つている。

(三) 証人永野正(第一回)、同稲垣元宣、同田中慶二、同中村勉、同曽根徹の各証人尋問調書、及び山形地方検察庁次席検事より水産庁長官に宛てた「水産庁生産部海洋第一課北洋班の分掌事務ついて」と題する照会文書謄本、水産庁長官より山形地方検察庁次席検事に宛てた「水産庁生産部海洋第一課北洋班の分掌事務について」と題する回答文、並びに前記事務分掌規程によれば、右「北洋漁業の許可及び指導監督」とは次のような範囲の職務行為を指称しているものと解するのが相当である。即ち、

(1) 右「北洋漁業の許可及び指導監督」とは、北洋漁業の許可に関する指導監督と北洋漁業に関する指導監督の両者を含むものである。

(2) 右にいう「監督」とは、北洋漁業に関し国家の強制力を背影にして各種法令に基きその命ずるところを確実に実行せしめる手段をいい、いわゆる取締がこれに当る。「指導」とは、一般には、国家の行政事務の範囲内において国家目的乃至公益を実現せしめる手段をいい、これを水産行政についていえば、行政事務の範囲内と認められる限り水産業界の向上発展及び安全に奉仕するすべての手段を含むといい得るが、前記事務分掌規程において北洋班の事務分掌として定めている「北洋漁業に関する指導」という場合は、水産庁調査研究部研究第二課の所掌事務として「水産に関する科学技術の普及に関すること」と規定せられていることと関連して、右にいう指導事務の全部を意味しているものではない。即ち、北洋班においては、北洋漁業の操業規制、海難防止、漁撈能力の向上等、同漁業の経営を指導する観点から北洋漁業の向上発展及び安全に必要な技術でその成果の確立されているものについて一般的に指導する事務を担当するものであり、具体的な漁具の構造、機能等についての改善、改良、試作、即ち未だその成果の確立されていないものに関する指導は研究第二課の所掌である。尤も、右のいずれの場合においてもその指導は行政事務の範囲内という点で制約せられることは勿論である。

(3) これを本件の「網足捲揚機」についていえば、それが漁撈能力の向上、労働条件の緩和、及び危険防止等の点においてすでに成果が確立されている場合に、始めて同機械を装備するよう指導することが北洋班の右「北洋漁業に関する指導」事務の一部となるのであるが、従来北洋漁業において行われていた漁網の手引の方法を機械化することの示唆を与え、且つ同機械の製作過程において構造、機能の点に関する種々の着想を伝えて助言するがごとき行為は前記事務分掌規程において北洋班の事務分掌として定めている「北洋漁業に関する指導」事務の範囲には属さないものである。

かように解すべきである。

三、金銭の受授とその趣旨

(一) 被告人四野見清蔵の当公廷(第六回公判)における供述、及び検察官に対する昭和三十二年九月十一日附供述調書、被告人栃内万一の当公廷(第七回公判)における供述、及び検察官に対する昭和三十二年八月三十日附、同年九月十二日附各供述調書を綜合すると、被告人四野見は前認定のとおり「網足捲揚機」を製造して販売せしめた結果多額の実用新案権使用料を得たので、被告人栃内からそれを作成して実用新案権を得るに至るまでの過程において前認定のとおり種々示唆、助言を得たことに対する感謝の意を表すため、実用新案権使用料として得た金員の一部を被告人栃内に贈与しようと思いたち、公訴事実記載のとおり、昭和三十年一月下旬頃に金十万円、昭和三十一年十月上旬頃に金十万円と各年それぞれ金十万円宛を被告人栃内に供与し、被告人栃内は右の趣旨を了知して収受したものと認めることができる。

(二) 右認定の事実と、右「網足捲揚機」の実用新案権を取得するまでの被告人栃内と被告人四野見との前認定のごとき経緯からすると、右「網足捲揚機」の実用新案権は被告人栃内と被告人四野見の共同研究の結果に基くものであるから、名義上は被告人四野見一人がその登録を受けてはいるけれども、実質は被告人栃内との共有の関係にあるものというべきであり、且つ、被告人四野見が被告人栃内に供与した右合計金二十万円は被告人栃内の実用新案権の持分に対する分配金であると認むべきである。

(三) ところで、被告人四野見に対し、従来北洋漁業において行われていた漁網の手引の方法を機械化することの示唆を与え、且つその機械の製作過程において構造、機能の点に関する種々の着想を伝えて助言するがごとき行為は、かりにそれが水産庁調査研究部研究第二課の所掌事務に属し従つて水産庁の業務範囲に属する事項であるとしても、少くとも北洋班長たる被告人栃内の任務とせられている職務範囲には属さないものであること前段において詳論したとおりであり、且つ、本件証拠を些細に検討しても、公務員たる被告人栃内に対しその使用者たる上司が右「網足捲揚機」のごとき使用目的を有する機械を考案すべき旨の課題を与え、その課題の解明のための助成行為を施しているがごとき事跡が全く認められないのであるから、被告人栃内の右「網足捲揚機」について実用新案を受け得る権利は、その共同考案者である被告人栃内に帰属し、且つ、被告人栃内が公務員たる身分を有してはいるけれども、その実用新案権の実施権は、使用者に属せず、被告人栃内がこれを有しているというべきである(実用新案法第二十六条において準用する特許法第十四条第一項及び第二項参照)。従つて、被告人四野見が実用新案権の持分に対する分配金として被告人栃内に交付した実用新案権使用料の一部合計金二十万円は、被告人栃内が法律上正当に受領し得る金員であり、これを目して被告人栃内の職務行為乃至は職務に密接の関係を有する行為に関して受授された金員であるとは到底認められない。

当裁判所の判断は以上のとおりである。しかして右と異なり、北洋班は北洋漁業に関する総轄班として、漁具に関する全般的な指導も含めて、北洋漁業に関する技術指導を調査研究部研究第二課と重畳的に競合して分掌しているものである旨の田中慶治、稲垣元宣、中村勉、曽根徹、木田繁の検察官に対する各供述調書、及び被告人栃内万一の検察官に対する昭和三十二年九月十二日附供述調書は、いずれも前掲の証拠に照し必ずしも真実に合致するものとは考えられないのでこれを採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠がないから右公訴事実は結局犯罪の証明がないことに帰着する。

以上により、昭和三十二年十一月六日起訴に係る被告人栃内万一に対する収賄、同四野見清蔵に対する贈賄被告事件は犯罪の証明がないから刑事訴訟法第三百三十六条により、被告人栃内万一、同四野見清蔵に対し、この点において、それぞれ無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 蓮見重治 高橋太郎 伊藤豊治)

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